その愛の終わりに
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
妊娠がわかった瞬間、誰よりも喜んだのは義母の奈月であった。
義直の伯父の竜一が、美都子と顔を合わせるたびにきつい態度を取るのが見ていて辛かったらしい。
「美都子さんに嫌な思いをしてほしくないし、だから私まで孫の催促をしてしまって……。でもよかったわ!これでしばらくは、あの人もうるさく言わないでしょう。一人目だし、無事に生まれてくれれば男の子だろうと女の子だろうと構わないわ」
今日から、生まれてくる孫のために産着を縫うのだ、と奈月は布を買いに使用人を走らせた。
まだ不安定な時期だから家事は一切しなくていいと言い残し、奈月は足取りも軽く美都子の部屋を出ていった。
喜びに満ち溢れている奈月とは対照的に、美都子の気分は沈んでいた。
昨日から、義直は一度も美都子の部屋を訪れていない。
離縁について話し合うつもりだったのが思わぬ方向に転んでしまった。
義直の言葉通り、美都子は一晩、これからどうするのか考えた。
そして出た答えは、子供から本当の父親を奪うことは出来ない、であった。
妊娠を知ってもなお、離縁して自分のもとに嫁いでくれと山本に望まれるかどうか。
美都子は、すべてを諦めた。
きっともう、これから先山川と会うことはないだろう。
せめて最後に一度だけ会いたかった。
会って直接、別れを告げたかった。
常に女中が側に張り付いていて、出かける先には必ず人目がある今となっては、それは叶わぬ願いである。
いつになく口数が少ない美都子を見て、ほとんどの女中や下男が妊娠初期の体調の悪さからと考え、なるべく存在感を消していた。
そんな中で、廊下で足音がギシギシと響いている。
自然と視線がそちらの方に向くと、ゆっくりとドアが軋みながら開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
一斉に使用人達が頭を垂れるが、義直は淡々と人払いをした。
「体調はどうだ?」
人がいなくなるなりベッドの端に座り込む義直とは目を合わせず、美都子は答えた。
「なんともありません。それにしても、暇ですね」
気の抜けたその返事は、ここ最近嘘や誤魔化しばかりの会話の中では珍しく本音であった。
「安定期に入るまではあまり動かないほうがいいからな。それよりも、この屋敷に残る決心がついたようだな」