その愛の終わりに
一瞬、二人の間の空気が冷たくなった。
美都子の赤い唇から、深く長いため息が漏れた。
「子供がいると分かった以上、もう私の人生は私だけのものではなくなりました。こうなった以上は、あなたが良き父となってくれるよう祈るばかりです」
「ずいぶんとあっさりした答えだな」
「私にとっての最善が、子供にとっての最善とは限りませんから」
言外に、自分の気持ちはまだ山川にあるのだと主張することで、美都子は鬱憤を晴らした。
「この際だからお伺いいたします。私は、山川さんをお慕いするようになってからは、毎日が色づき楽しかった。けれど、それと同時にとてつもない罪悪感も襲ってきた。幾度となく胃が痛くなり、気分がふさがり、早く諦めなければいけない、なのにそれでも結ばれたいと思っていました」
視線こそ交わらないものの、義直がしっかりと耳を傾けていると、美都子はわかっていた。
彼は、集中して話しを聞いている時に、たまに耳が動く癖があるのだ。
「結論から言ってしまえば、私は山川さんを愛したことを後悔しています。だって、あなたが壊した家庭の上に生まれた幸せだったから。罪の意識が常にあるというのは、すごく疲れるものです。あなたは?私に嘘をつくことに罪悪感はなかったの?辛くはなかったの?」
ひたすらに穏やかな美都子の声に、義直は目を逸らすのをやめた。
改めて向き合えば、真剣な表情で義直の答えを待っていた。
「……あったな。最初のうちは」
「最初だけ?」
「だんだん麻痺していった。一向に気づく気配がないから、行動が大胆になっていった」
「私に気づいて欲しかったから?」
「多分な」
「私が気づいて、嫉妬に身悶える姿を見たかった?」
「見たい、と最初は思っていた。俺ばかり執着しているのは面白くないから、それでお前がどれくらい俺に執着しているのか知りたかった」
ここまで来て、山川の見立てが当たっていたことが判明した。
義直と向き合いながら、感情的にならずに話し合うのは一体いつぶりだろうか。
話題が不倫についてでさえなければ、結婚後の心地よいと思っていた距離感が戻ってきたと勘違いするところである。
「愚かね。測るようなやり方で、私があなたに愛を示すとでも?それに、こんなことを自分で言うのは気恥ずかしいのですが……」
「なんだ?」
「あなた、実は相当私のことが好きなのでは?」