その愛の終わりに
ここ最近、美都子を刺激しないため、使用人達は率先して義直に寝室を分けるよう進言していた。
義直もそれを受け入れていたため、夜になると美都子はいつも一人であった。
そのため、一日の中では寝る前がもっとも冷静であり、理性的に物事を考えることが出来る。
今美都子が考えているのは、昼間の義直の発言についてだった。
山川に縁談が来ている。
冷静になって考えてみれば、この言葉は疑問を生んだ。
「なぜ、山川さんに縁談が来たことを知っているの……?」
そんな込み入った話しを、親族でもない義直が知っているのはおかしい。
しばらく様子を見るべきか、それとも疑問を包み隠さず口にするべきか……。
迷った末、美都子が出した答えは後者だった。
破綻した結婚生活をやり直すことに同意した以上、黙って義直の様子を伺うのは違う気がした。
そう決意を固めると、いても立ってもいられず、美都子は義直が寝ている客室へ向かった。
先ほど、時計の針は二十三時を指していた。
この時間なら、まだ義直は寝ていないだろう。
冬の廊下の寒さを我慢し、義直がいる角部屋に近づくと、室内から明かりが漏れている。
部屋から、義直ともう一人の話し声が聞こえた。
胸騒ぎがして、美都子は息を潜め、気配を殺してドアに近づいた。
「どうにか上手くいきそうだな」
「安心いたしました。一時はどうなることかと……」
義直に相槌を打っていたのは、お雪であった。
密室で二人きりのようだが、外を警戒しているのか、二人とも話し声はあまり大きくない。
もっとはっきりと聞こえるよう、美都子はドアに耳を押し当てた。
「それよりお雪、お前はいつから気づいていた?」
「家出された翌日、奥様は庭師に茉莉花を求められました。それから毎日部屋に活けていたのですが、その花を見るたびに女の顔になっておりましたので」
「女の顔……」
「旦那様、くれぐれも奥様を責めぬよう」
「わかっている。彼女の不貞の原因を作ったのは俺だ。別段責めるつもりはない」
「それならようございました」
「それに、もうすぐ決着がつく。山川にけしかけたのは陸軍中佐の娘だ。俺が紹介したら、山川家の当主は大喜びだった。山川は抵抗するだろうが、簡単には破談に出来まい」
嘲るようなその声に、血の気が引いていく。
山川の縁談は、義直が仕掛けたものだった。