その愛の終わりに

まるで鉛でも埋め込まれたかのように、体が重たかった。

うっすらと目を開けると、隣室から誰かの声が聞こえる。

ずきずきと痛む頭を片手で押さえながら、美都子はゆっくりと体を起こした。

耳を済ませば、言い争う声の主が義直と奈月であると気づいた。

「あなた、自分が何をしたかわかっているの!?息子がこんな人間だったなんて、私恥ずかしくて死にそうよ!美都子さんになんてお詫びすれば……!」

「美都子には俺から言うと何度も言っているだろう!それに、子供なんてまた作ればいいだけだ」

無意識のうちに、美都子は自分の下腹部を押さえていた。

倒れてから腹に激痛が走り、意識が途切れ始め、目が覚めたらベッドの上だった。

今の義直の発言で、子供はダメだったことがわかってしまった。

頭が理解した瞬間、色々な感情が矢となり美都子の頭の中をよぎる。

まず義直への失望だった。妊婦相手でも容赦なく手をあげるこの非道な男が夫である以上、これから先の生活には希望が見えない。

次に、奈月に申し訳ない気持ちが込み上げる。
あれほど孫の誕生を楽しみにしていたのに、まさかこんなことになるとは想像もしていなかっただろう。

そして、山川に。
子供のために一緒になるのを諦めたというのに、互いに災いが降りかかるばかりであった。

だが誰よりも哀れなのは、そして美都子の罪悪感を刺激するのは、生まれて来ることが出来なかった我が子である。

打算と欲望にまみれた大人達とは違い、まさに罪のない命であった。

その命が手折られた元凶は何か。
義直と、そして美都子の不貞である。

誰かを傷つけるだけではなく、とうとう殺してしまった。

子供の死は、山川との関係など比にならないほどの大きな罪の意識として、美都子にのし掛かる。

破壊衝動のようなものが沸々とわき上がり、美都子はおもむろにサイドテーブルの上に置かれていた水差しを手に取った。

そして、力一杯床に投げつけた。

ガシャッと鋭い音が寝室に響いた瞬間、複数の足音が近づいてくる。

それでも気にすることなく、美都子はふらつく足取りで窓辺に歩み寄り、花瓶を手にした。

そこに活けられていた瑞々しく咲き誇る茉莉花に、涙がしたたり落ちる。

もう、どうすればいいかわからない。
身体中を駆け巡る衝動は、何かを壊したくらいではおさまりそうにない。

それでも、物を壊すのをやめられない。

茉莉花は、山川との思い出を象徴する大事な花だった。
しかし今となっては、我が子が死ぬきっかけにもなった憎むべき花でもあるのだ。

花瓶を両手で持ち、出来る限り遠くへ投げつける。
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