その愛の終わりに
東雲男爵の妻が乱心し、医者にかかりきりであるというニュースはあっという間に社交界に広まった。
それと同時に、酒に酔った男爵が妻を殴り流産させてしまったための乱心、という続報も流れた。
昨年の白蓮事件に続く醜聞に、庶民も華族も沸き上がった。
号外は飛ぶように売れ、新聞記者が屋敷の前をうろつくようになり、奈月はやり場のない怒りを使用人にぶつけるしかなかった。
「ちょっとそこのあなた、窓が汚いじゃない!さっさと掃除なさい!」
奈月に怒鳴られた女中は肩をびくつかせ、一目散に雑巾を取りに走った。
屋敷内は常に緊張が走り、この空気が続くなら、いっそ他の屋敷で雇ってもらいたいという者もいた。
また、険悪な雰囲気を作り出した張本人として、美都子が槍玉にあげられることもあった。
日中はぼうっとしているだけで、夜中にひたひたと庭や廊下を徘徊するだけの存在と成り下がった女に食わせる飯などない、と料理長が一日食事を出さなかったこともある。
彼はどちらかというと美都子に同情的だったが、醜聞が流れてから奈月の機嫌が悪くなり、料理にけちをつけられ、ことあるごとに罵倒されるようになったため、美都子を恨むようになっていた。
そんな混沌とした生活が二週間ほど続いたある日の朝、今や奈月以外は入ることを躊躇われるようになった美都子の寝室のドアが叩かれた。
最近は、いつまで待っても返事が返ってこないのがわかっているため、使用人達も「失礼いたします」と声をかけたらすぐに入室するようになっていた。
今日も、返事を待つことなく使用人が入ってきた。
なんとなく美都子がドアを見やると、そこに立っている使用人が見知らぬ顔であることに気づく。
年の頃は十一か十二くらいの、意思の強そうな瞳の少女だった。
洗面器を置くと、前掛けのポケットから小さく折り畳まれた紙を美都子に差し出した。
「読み終えたらすぐに燃やしてください」
周囲を警戒しているような囁き声でそう言うと、見慣れぬ女中は美都子に紙を押しつけるなりさっさと退室した。
ただならぬ雰囲気に気圧され、美都子は慎重に紙を開いていく。
まったく見覚えのない筆跡であった。