その愛の終わりに
〝美都子さん、礼を欠いた文を送ること、どうかお許しください。東雲家で貴女がどうしているのか、どうしても知りたかった私は、女中を何人か買収しました。今の貴女がどんな状態か知っています。中佐の娘との縁談を断り実家に身の置き場がなくなったので、私は九州に逃げます。こんな私でも支援して下さる方が現れ、住む家も仕事も確保出来ました。一緒に逃げましょう。一週間後の朝の四時、東京駅にて貴女を待ちます〟
山川だ。手紙の内容からみて、山川に違いない。
美都子はしばらく呆然としていたが、慌てて手紙を暖炉に放り投げた。
ちりちりと音を立ててあっという間に炎に飲み込まれていくそれを見ながら、久しぶりに冷静になった。
流産した今、東雲家にいる必要はあるのか。
否ーーーどうせまた次の子供を作れとせっつかれるに決まっている。
もはや関係が破綻している義直と床を共にするなど、絶対に耐えられない。
奈月にも使用人達にも大変申し訳ないが、もうここにいる意味はないのだ。
ならば、出ていく寸前までは狂人のふりをしていたほうが都合がいい。
そして先ほど手紙を運んだあの少女、彼女が山川に買収された女中だ。
手紙の内容を知らなければ、あんな風に警戒したりしないだろう。
窓から差し込む日の光が、いつもより眩しく感じる。
あと少しで自由になれるかもしれない希望に、心が浮き立った。
羽でも生えたかのように足取りが軽く、無気力だったのが信じられないくらい、しっかりとした意識が戻ってきた。
東京駅で待ち合わせるということは、移動手段は汽車だろう。
下りの汽車の始発は、確か朝の五時だったはずだ。
美都子は目を閉じて想像した。
知らない土地で、山川と二人で慎ましく暮らす日々。
二人を阻むものは何もなく、たくさんの子供を産み、育て………………。
幸せな想像に浸っていたその時、美都子の頭の中でもう一人の人間が糾弾する。
次に産む子は、死んだ最初の子とは違う。
生まれてくることが出来なかった命があるのに、山川と幸せになることが許されるのか?
自問自答すれば、答えはまったく出てこない。
どうすれば良いのか、明確な答えは出せないが、美都子は自分だけが幸せになるのは間違っていると確信した。
山川もである。彼にも、幸せになる権利などないのだ。