その愛の終わりに

秘密の手紙が届いてから五日が経った。

美都子を取り巻く環境は特に変わらず、相変わらず奈月以外の人間には空気のように扱われる日々であった。

唯一の変化は、一日おきに昼のみ、美都子の世話係として、手紙を運んできた少女が側にいるようになったことである。

彼女は必要最低限のこと以外は決してしゃべらない。

しかし、他の使用人達と同様に美都子を軽視するわけでも、哀れむわけでもなかった。

何日か観察を続けた後に美都子が下した判断は、無関心であった。

彼女は、美都子に欠片ほども興味がないのである。

決まった時間に食事を運び、時折水差しの残りを確認し、昼寝をしたら布団をかける。

淡々と仕事をこなす様は、まるで動物の世話をしているかのようである。

仮にも自分が仕える主人に対して、あり得ない態度である。

だが、美都子はまったく屈辱を感じなかった。

特段何も繋がりのない自分が彼女に忠誠を求めるのはおかしな話しであるし、彼女の割りきりぶりはいっそ清々しくすら感じるのだ。

短期間で様々な悪意にさらされた美都子にとっては、やや距離を置いてくれる彼女は、実にありがたい存在であった。

その日も、美都子がハンカチに刺繍をしているのを、ただ黙って後ろで見ているはずであった。

食事が終わってすぐ、盆に皿を重ねて食堂に返しに行ってから約十五分後、彼女は表情を変えることなく義直が来ると告げた。

今さら何の用か、と美都子は訝しく思うが、とりあえず部屋に通すことにした。

いまだに錯乱しているふりをしようか一瞬考えたが、義直は人の変化に敏感である。

下手な小芝居は見抜かれるおそれがあるし、そこから明後日の家出に勘づかれるかもしれない。

珍しく心配げな顔をする少女に、美都子は落ち着いた微笑みを見せた。


「勝手に部屋に入ってくる場合は止めなくてもいいわ。好きなようにさせて」


少女が返事をした直後、美都子の部屋のドアが軽く三度叩かれた。

いつも通り返事をせずにいれば、「入るぞ」と断りの声が聞こえる。

わざわざ義直の姿を視界に入れたいとは思わないため、美都子はぼうっと窓の外を眺めていた。

しかし、意識は当然義直に集中してある。


「……少し顔色が良くなったな」


まともに顔を合わせるのはあの夜以来だった。

同じ空間にいれば怒りや悲しみが襲ってくるかもしれないと不安だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

あるのは、静かな不快感だけである。

美都子は目を閉じ、視界から義直を締め出した。
その態度は、あまりに明確な拒絶の姿勢であった。


「出直そう。邪魔したな」


元来、義直はしつこい性格ではなかった。

早々に美都子の寝室を後にした義直の背中を、一瞬だけ見る。

彼が去った後、美都子は独白した。


「あの人を見るのは、今日が最後かもしれないわね」


その独白の通り、美都子が夫と顔を合わせたのはこの日が最後であった。
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