その愛の終わりに
東京駅の周辺は街灯がないため真っ暗であった。
しかし特に何の問題もなく、人力車は丸の内南口の前に停まった。
話し声どころか、物音一つ聞こえない静けさが辺りを包む。
あと三十分もすれば、始発に乗る人がちらほらと現れはじめるだろう。
山川がもう着いていることを期待して、美都子はドームに足を踏み入れた。
月明かりが差し込むドームの天井は、昼間は柔らかなクリーム色であるが、今は漆黒の影に飲まれ何色かわからない。
無人のホールに一人佇む男がいた。
天女の如く麗しい横顔は、ゆるやかに美都子の方に向いた。
目が合った瞬間、どうしようもない切なさが胸を襲う。
「雄二郎さん……」
震える声で美都子が呼び掛けたら、山川は泣きそうな顔で美都子の名を呼んだ。
気づいたら走っていた。
走って、そして勢い良く山川の懐に飛び込んでいた。
長い間夢見ていた山川の体のしなやかさに、懐かしい白檀の香りに、ただ愛しさが募る。
「会いたかったわ……!すごく、会いたかった」
「私もだ。今まで辛かっただろう?体の方は大丈夫か?」
心配げに顔を覗きこむ山川に、美都子はなんと返事をすればいいのかわからなかった。
「すまん、愚問だった。そうだ、雪が降っていただろう?体を冷やしたらいけない」
山川は自分の首に巻いていたマフラーをほどき、広げて、美都子の細い肩に巻き付けた。
そのマフラーは、初めて二人で夜を過ごしたあの日に、美都子が借りたものだった。
人生でもっとも幸せを感じたあの夜は、間違いなく幸福の絶頂だった。
「山川さん……お話しがあります」
その声色は穏やかではあるがどこか緊張を孕んでいる。
呼ばれた山川は、美都子の話が朗報ではないことを予感した。
「私は……いいえ、私達は、一人の子供を殺しました」
そう言った時に、美都子が下腹部に手を当てていたのは無意識であった。
何を言わんとしているのか察した山川は、無言で続きを待った。
「私は身籠っていたことが分かった時から、あなたを諦めていた。夫に気持ちはなくとも、生まれてくる子供に罪はない。あなたから離れ、その想い出を糧に生きていくつもりでした。しかし、夫はあなたに私の知らないところで縁談を仕掛けた。別れる以上は余計な干渉をしてほしくなくて、私は夫と対立しました。そして口論の挙げ句、彼は私を殴り……」
子供は天に召された、その一言だけは涙声になってしまった。