その愛の終わりに
「夫だけが悪いわけではないのです。不貞に気づかれるくらいあなたに浮かれていた私にも罪はあり、私を誘ったあなたにも罪はある。私達はみな等しく罪人です。山川さん、私もあなたも、幸せになる資格などないわ」
眉尻を下げ、悲しげに笑う美都子であったが、その言葉は重く堅かった。
「今日はお別れするために参りましたの」
再び目が合った時、山川の手が美都子に伸びた。
両手で顔をすっぽりと包まれた状態で視線が絡むと、この世に二人しかいないのだと錯覚してしまいそうだった。
「それは私と?それとも……この世と?」
あっさりと真意を見抜かれ、美都子は喘ぐようになぜ?と尋ねた。
山川の顔が近づき、咄嗟に美都子は目を閉じたが、唇には何も触れなかった。
額と額がぴたりとくっついただけで、その僅かな面積で熱を共有するのみであった。
「今のあなたの瞳は……死を覚悟している人間のそれだ」
山川には分かっていた。
美都子が話し始めてから、行き着く先はきっとそこだろうと予測していたのだ。
医者という職業柄、山川は幾度となく最期を看取ってきた。
その中には、自分の死を予感し、覚悟を決める人間も一定数いた。
美都子の目は、彼らと同じものであった。
「止めないでくださいね。私なりのけじめであり、もうこれ以上生きたいとは欠片も思っておりませんの」
美都子の笑顔は晴れやかなものであった。
死への恐怖を超越し、その先へ行こうと決めた人間独特の、潔さが彼女にはあった。
「お供しましょう。あなたのいない世界には用がない」
張りのある彼の美しい声が心地よく耳に馴染む。
山川の答えに美都子は一瞬だけ目を丸くしたが、動揺はすぐにおさまった。
共に家を捨てようと持ちかけたのは彼である。
ならば、彼が出した答えもまた当然のものと言えるだろう。
「喜んで。では、どこか二人きりになれるところに行きましょう」
「私の診療所に行こう。そこなら必要なものはすべて揃っている」
赤坂にある山川の診療所まで、二人は歩いて行くことにした。
かなり時間はかかるが、道中で交わす会話は楽しく、美都子はそれだけで足の疲れを忘れることが出来た。
頬は冷えきっても、しっかりと絡めあった指からは熱が伝わり、寒さなど感じなかった。
「ごめんなさい。せっかく切符を用意してくださったのに……それに、あちらでのお仕事も。支援を申し出てくださった方にも、お詫びのしようがないわ」