好きだと言ってほしいから
 平岡くんが出していたウィンカーを再びハザードに戻す。どうやら彼は答えを聞くまで車を出さないみたい。
 私は諦めて言った。

「ごめんね。知った車を見かけただけ」

「ああ、なるほどな。ま、ここは麻衣の会社だし、同僚の車とか……」

 そのまま平岡くんは黙り込んでしまった。私は首を傾げる。

「平岡くん、どうしたの?」

 すると彼はギアをパーキングに入れた。

「悪い、ちょっと用事思い出した。すぐ戻るから待ってて」

「え? 何?」

「あー……、えっと……、松崎! そう、松崎に急ぎの用があるんだ。すぐ戻るから」

 平岡くんは早口でそれだけ言うと、車を降りて日栄自動車のエントランスへと走って行った。


「それで葵ちゃんには会えたの?」

 駅前のいつもの居酒屋で、私は平岡くんと向かい合ってお通しのきんぴらごぼうをつついている。
 平岡くんはいつものようにビールをジョッキでゴクゴクと半分ほど一気に飲んだ。相変わらず泡が口元についても気にしていない。

 あれから平岡くんは言っていたとおり五分ほどで戻ってきた。それから店に向かい、駅から少し離れたコインパーキングに車を止めた。その方が駐車料金が安く済むからだ。彼はお酒を飲むから今夜は車を置いて帰ることになる。少しでも安いところに止めた方が賢明だ。
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