今治
ちなみに、大西方面へ行く、この国道196号線沿いの坂で、慎平は、卒業式の日の出来事を思い出した。
「ちょうどこの辺を卒業式終わってから、孝之(たかゆき)と二ケツしてたらさ、目の前で知っとる人が手振って制止するんよ。それ、誰やったと思う?」
「誰?」
「それが、山岡先生」
「まじ? ばっかじゃーん」
卒業式が終わって、慎平は、校門前で写真撮ったりしている時、奥田 孝之(おくだ たかゆき)という、里中と三人で仲の良かった奴と一緒に、遊ぼうということになった。
確か、孝之の方から誘ってきたのだが、しかし、この日は、慎平は、乗り気じゃなかった。ただ、卒業旅行や、クラス会もこの日にはなく、かと言って、家に帰って寝るだけというのもつまらないからという理由だったと思う。とにかく、孝之の住んでいる乃万で遊ぼうということになった。
ただ、慎平は、チャリ通ではなく、かと言って、チャリ通の孝之に自転車を押させるわけにもいかないので、仕方なく____仕方なく、慎平は、孝之の後ろに乗った。
自転車で坂を駆け下りるときの快感と言ったら、まるで、バイクにでも乗っているような、そんな気持ちになる。それを「卒業」という二文字で学校から追い出された後の中学3年生とも、高校1年生とも言えない、自分たちは、今、この瞬間は、一体何者なんだろうと思った。
寂しさとこれから始まる期待を風を受けながら感じていたその時、目の前に知っている顔が手招きをしていた、笑顔で。
知っている顔____というか、つい数分前まで一緒にいて、しかも、一緒に写真を撮っていた、「広島でもがんばれよ」と声をかけてくれた顔だ。
「やっべー! 逃げろ! 孝之!」
「何何何!?」
孝之は、気づいてないらしかった。というのも、目が慎平よりも悪く、しかし、慎平には、はっきり見えていて、手招きする笑顔が迫ってくる。
孝之もやっと気づき、自転車を反転させて、逃げようとしたが、行きは下り、帰りは上り。あっけなく捕まってしまった。
手招きした笑顔をキープしたまま、慎平の肩を掴んでいるこの男こそ、慎平の恩師であり、京子の恩師でもある、山岡先生だ。