今治
「今治」を書いて
「ねえ、あれ読んだよ?」
すっかりライトアップが消えた大観覧車の前で彼女は、ふと、そんなことを言った。
「読んだって何を?」
「ケータイ小説」
彼女がそう言ったことに対して、俺は、今日一番驚いた。
「嘘!? 読んだん?」
「読んだよ。だって、この小説の終わりに、ここでキスすることになるんやろ? 私たち」
「いや、あれは、物語の話で……」
ここまで言ったところで、俺は、はっとした。
今、このライトアップの消えた大観覧車まで来るまでにあったこと、そのすべての行き先が俺の書いたケータイ小説と同じだった。
「まさか、それを再現したん?」
すると、彼女は、まるで、慎平から「松山」と呼ばれた京子のように腹を抱えて笑い出した。
「今更気づいたん? 鈍いねー」
「いや、だって、これを読んで、なんで俺やってわかるん?」
「わかるよ。登場人物の名前は、違うけどさ、地名も、学校の名前も、その時、起きた出来事も。全部実際にあったことやん」
「いや、そもそも、ケータイ小説とか読むんやね」
「読むよ。たまたま『今治』って題名が、完結コーナーにあって、それで、読んでみてびっくりよ。まさかだった」
「じゃあ、今日、こうしてここに呼び出したんも、こうやってドライブしたんも、まさか、あの『今治』を再現するためやったん?」
「当たり。でも、この先は、もしかしたら、小説の通りに行かんかもしれんけどねー」
「どういうこと?」
「ここで、キスせんかったら、ノンフィクションのカテゴリーを変えんといけんくなるよ?」
「あっ……確かに。ってか、それって、黙っとったらばれんくない?」
「まあね。でも、読者をだましていいん?」
彼女にそう言われ、俺は、意地でもキスしてやろうかと思った。