今治
「実は、自分、来月ガキができるんスよ」
ヤンキーは、慎平が聞きもしないのにおめでたい話をし始め、慎平も社交辞令として「おめでとうございます」と言った。
「それで、嫁が家にいるんスけど、嫁も煙草吸うんッス。でも、ガキができるから禁煙してて、それで俺も家では吸えないんスよ」
慎平は、「そうだったんですね」と言いながら、じゃあ何か? 俺は、このヤンキーが煙草をやめろという神様のお告げに巻き込まれて、ライターを一つ失ったということか? と思った。
「本当は、俺もやめたいんスけど、お兄さんも十分ご存じのとおり、やめるのって難しいんスよね……」
そう言って、柱にもたれかかるヤンキーの方が、どう見ても慎平より年上だが、お兄さんなんて言われて、慎平は、このヤンキーより立場が上なんだという気持ちになった。
「今、どこも吸えないからねー。駅の近くに喫煙所があるところも、東京じゃ少ないよ」
と、慎平は、敬語をやめ、おまけに自分は東京という大都会からこんな田舎に来てやったんだぞと軽く自慢染みたことをしたが、ヤンキーは、「そうっスよね! 喫煙所が少ないからと言って、煙草やめる人がいるわけじゃないッスか。喫煙所が少ないからマナー守らない奴が多いんスよね」とタメ口と東京には、触れもしない。
「お兄さん、普段、どんな仕事してるんスか?」
とヤンキーが聞いてきたので、慎平は、どうせばれないだろうと「学生」ではなく、「脚本家」と言った。
「そうなんスね。俺は、ガスの配線とか点検したり、そういう仕事してるんス。今、ちょうど帰りなんスよ」
ヤンキーは、「脚本家」というワードにも触れず、慎平は、このヤンキーは、人の心を読める、超能力者なんじゃないかと心配になった。