伝えたい。あなたに。
久しぶりに外に行って、気づいたら寝てしまっていたようだ。


少しだけ頭が痛い。


山瀬先生に言われたことを思い出して、はっとする。


"できないなら、前の部屋に戻す"



安心だけど、あの場所は嫌い。



突然いなくなる人がいるから。



誰も言わないけど、わかる。



なんとなく、悲しい空気になるのが耐えられない。


そういう場所なんだろうけど。



頭痛がだんだん酷くなってくる。



押さなきゃ。



ナースコール。



ボタンを握ったまま、押せずにいる。



頭がガンガンする。



押さないと怒られるよね。



見抜かれるのは目に見えてるし。



かれこれ15分は経っただろうか。



意を決してボタンを押す。



『何してるの?』



押し損なってしまった。



まずい。



山瀬先生が怪訝そうな顔でこちらを見つめる。



『なんでボタン見つめてるわけ?』



『これは、えっと。』



押そうか15分も迷っていたなんて、言えない。



『まさか、押そうか考えてたわけじゃないよね。』



まさか。



『図星なの?



........




これは、迷って押すものじゃないでしょう。』



『ごめんなさい。押すほどでもないかなと。』



『あのね、遠慮はいらないから。我慢しなくていいの。おかしいなと思ったら押せるうちに押す。
前みたいに倒れてからじゃ遅いんだから。だれにも気付かれないのは辛いよね。』



『はい。わかってます。』



『約束忘れてないよね?』



『もうアウト?』



『頼みたいことがあるの、それを呑んでくれるなら。』



『なんでもします。やれることなら。』



これは言うことを聞くしかない。



『明日、プレールームで小児科の子供達のハロウィンパーティーがある。そこで、ピアノを弾いてほしい。ハロウィンっぽいやつ。』


『ハロウィンっぽいやつ?』



『もちろん最終決定は明日の体調を見てから。どう?乗った?』


『乗った!ピアノ弾きたい!』


『わかった。じゃあ今日は安静にしててよ。』


『はい。』



あれ、頭痛いこと言ってない。



報告制だ。



『先生....頭痛くて、ナースコール押そうか迷ってごめんなさい。』



山瀬先生は苦笑いでこちらを見つめる。



『やっと言えるようになったじゃん。小児科卒業だね。』


小児科なんて2年前に卒業したのに。



バカにしてる。



仕方ないけど。



『先生薬下さい。』



『いや、注射で入れた方が早く効くよ。』



服薬じゃだめなの。



仕方ないや。言うこと聞こう。



『じゃあそれでおねがいします。』


『やけに素直じゃん。どうしたの?』


『どうもしてない!』



私をからかって楽しいのか、ずっと笑っている。


『嘘だって。薬持ってくるよ。』



やっぱり意地悪だ。
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