絶望エモーション
心臓がどくんと跳ねたのは距離の近さもあったけれど、質問への返答に困ったからだ。


「あは、まだわかんないです。もう30歳になっちゃいましたし、そろそろやる気出さなきゃとは思うんですけどね」


嘘つきだな。
笑顔で嘘をつける私が、ものすごく気持ち悪い。

だけど、未來さんだけには本音を言うわけにはいかない。


私の曖昧な返事に、未來さんはいたずらっぽく笑った。
オレンジ系のいつものルージュがきゅっと微笑みの形に持ち上がる。
美しくほれぼれしそうなラインに触りたいと思った。


「沙都子は付き合い長いし、一番可愛い後輩だから、絶対イイ男を見つけてあげる。相談してね」


ささやかれた内緒話。

近距離に高鳴った胸は、言葉の内容で一気に奈落へ。

彼女のとびきりの優しさと特別扱いが痛い。
息が止まりそうなほど、苦しい。


鎌田未來が結婚する。

5歳年上で35歳。長らく同じITマネジメント部で私の上司だった彼女が結婚する。

私は喜ばなければならない。
尊敬する上司の結婚だもの。大好きな先輩が幸せになるんだもの。
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