HE IS A PET.
マンションに帰ると、リビングに入ってすぐ立ち込める湯気の香りが鼻についた。
ジャガイモの蕩けたような匂い……
「カレー?」
キッチンから怜が「お帰りなさい」と言って、お玉片手に姿を見せた。
珍しく玄関に飛んでこないと思ったら、お料理中でしたか。
「うん、カレー。咲希さん、食べたいって言ってたでしょ。七時には食べ頃だよ」
得意そうな言葉を聞いて、あと三時間も煮込む覚悟を知る。
「別に、今日じゃなくても良かったのに」
「あ……今日はカレーって気分じゃなかった? ごめん、聞かないで勝手に」
歩いてスーパーに買い出しに行って、せっせと野菜を煮込んでいた怜に、文句なんて言えるわけがない。感謝こそすれど。
「んー、今夜は怜って気分」
エリックから預かったボストンバッグとスーツケースを手放して、怜が着ているパーカーのポケットに両手を入れてみた。特に意味はない。
私の言動に固まって、お玉を手にしたまま立ち尽くす怜との身長差は、四センチ。
「食べてもいい?」
目と鼻の先にある、困惑に揺れる瞳。
いっそのこと食べてしまえばいいのかもしれない。怜の全部。
不安も寂しさも、疑念も、真実も無くして。怜にはただ笑っていて欲しい。
「なんて冗談だよ。怜があんまり可愛いかったから。火加減大丈夫? お鍋コトコトいってる」
怜のポケットから両手を引き抜いた瞬間、身動きが取れなくなった。
怜に、抱き寄せられたからだ。