嘘から始まる運命の恋
「じゃあ、次行こう、次。これは?」

 ケイがピアノの上に置いていた楽譜を譜面台に置いた。

「あ、これ、大学時代の十八番!」
「これはアルトサックスの独壇場だな」
「ふーんだ。ピアノの対旋律もなかなかオイシイのよ」
「じゃ、これも楽しもう」

 そう言って演奏を始めた懐かしい曲。大学時代に女の子ばっかりできゃあきゃあ言いながら演奏したっけ。学祭でライブをしたとき、女子ばっかりなのを珍しがって声をかけてくる男子学生もいた。そのひとりと卒業まで付き合ったんだ。彼のために演奏した曲もあったっけ。

 懐かしい思い出が蘇りかけたところで、曲が終わった。

「次はなにを弾く?」

 彼に聞かれて、私はサイドテーブルの上の譜面の束から、甘いラブソングの楽譜を抜き出した。

「この曲には思い出があるの」
「へえ」

 ケイはなにも言わずにアルトサックスの楽譜を探し出した。

 ふたり、視線を絡ませ、呼吸を合わせて演奏を始める。ピアノのしっとりしたメロディに合わせて、ときおりサックスが甘く切なげな音色を奏でる。
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