嘘から始まる運命の恋
「思い出って悲しい思い出?」

 ケイが楽器を下ろして言った。

「うん……そう。大好きな曲だったから弾きたかったんだけど……。大学時代、卒業ライブでこの曲を演奏した日に、当時付き合っていた彼に振られたの。弾きながら思い出しちゃった」

 ただ思い出したのではなく、思い出の曲とともに思い出したせいで、予想外に涙腺が潤んでしまう。それをごまかそうと私は小さく舌を出して笑った。

 ケイがわずかに眉を寄せて、私を見る。

「俺とセッションしてるのに、ほかの男のことを考えてたんだ」

 独占欲の滲む言葉に心臓が大きく跳ねた。顎にそっと彼の手が触れて持ち上げられる。見上げた鳶色の瞳から目が離せなくなった。彼が顔を近づけて、私の耳もとでささやく。

「俺はマユのことだけを考えていたのに」
「……ケイ」
「マユも俺のことだけ考えてよ」

 ケイの指先が私の唇をなぞる。神経がそこに集中しているみたいに彼の指を感じる。

 あんなこと言われて、こんなことされたら。
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