嘘から始まる運命の恋
 それだけ言って真由里は私にくるりと背を向けた。肩を怒らせ、大股で歩いて部屋から出て行き、大きな音を立ててドアを閉める。その音が頭に響いて、私はまたベッドにうつぶせに倒れた。

『飽きたら帰っていいよって言ったけど、帰ってほしくない。帰したくない』

 そう言ったときのケイの熱を孕んでかすれた声。今でも耳に残っている。思い出すだけで胸がドキドキして、私は自分で自分を抱きしめた。

 どうしよう。私はケイのことが嫌いじゃない。

 というより、好き、な気がする。

 ううん、気がする、じゃなくて好きだ。

 ほんの数時間一緒にいただけだったけど、私はケイの体だけじゃなく、心も欲しいと思ってる。それなのに、ケイの望む通り体の関係だと割り切って付き合いを続けるなんてイヤだ。

 ピアノを辞めた話をしたときのやさしい目。あんなふうに私を見つめてくれたのは、私の気持ちになにか通じるものを感じてくれたからじゃないのか。

 それに、からかうような笑みも、いたずらっ子のような笑い顔も、思い出すだけでキュンとなる。一緒に演奏をしたときの心底楽しんでいるような笑顔。彼とのセッションは私だって楽しかった。あんな息の合った演奏、ほかの人となら絶対にできなかった。
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