イヌネコポラリス
「大変失礼しました」

「いいって。お仕事ご苦労さん」

「では来所があった事だけお伝えしておきます。お名前と連絡先を頂戴してもよろしいですか?」

「白臣 蜻蛉(しらおみ かげろう)だ。番号は……ああ、じゃあよろしく頼む」

(蜻蛉……珍しい名前)

着物と袴を着こなし颯爽歩いて去っていく後ろ姿を見送りながらぼんやりと思う。

確かにあれだけ和風のテイストであれば、近未来型オフィスの台頭であるここは居心地が悪いかもしれない。けれど、もし場所が畳のあるところであれば、誰よりも似合うんだろうなと。

「今度はどこで人助けしたんでしょうね、先生」

くすくすと笑う同僚にそうねと答えながら、確かにあれだけタイトなスケジュールをこなしているにも関わらず、いつの間にかどこかで人助けをしていると言うのを聞いた事があったのを思い出す。

「あれだけ万能なのに恋愛はてんでダメだったら面白いのにね」

「言えてますね。だから恋愛ご法度だったとか?」

そうだったら辻褄が合うし、結構面白い。ホモ説や人見知り説に並ぶ位有力な説の1つになるかもしれない。

そう考えながら午後の業務に戻れば、いつものように何人かのクライアントが受付を通り、資料が足りないと早口で叫びながら走ってくる黒人弁護士と一緒に資料を取りに行く日常が戻ってくる。

そうしている内に午後イチで合った印象的な老紳士の事はすっかり忘れていて、名前を思い出したのは終業直前だった。
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