イヌネコポラリス
「ただいまー、何もなかった?」

私達受付はこれで終わりだけど、時差出勤してきた弁護士はまだ少し、夕方から打ち合わせに来た弁護士はこれからが本番。

例に漏れず1番若手の先生もまだ仕事が残っていたのだろう。直帰する事無く事務所に戻ってくると、お決まりの言葉をかける。

「そう言えば午後イチでアポなしの来客がいらっしゃいましたよ」

(そう言えば)

「そうなの?新規の依頼かなぁ」

さすがにちょっと今受けるのはきついなぁなんてのんびりとした口調で話していた彼は、その後で同僚から聞いた名前に目を丸くしている。

「ホント?名人が来てくれたの?」

(名人?)

多分2人して首を傾げていたからだろう。ちょっと笑った後目の前でタブレットを操作し、簡単に説明してくれる。

(へぇ……あのお爺さん、囲碁のプロの人だったんだ)

生憎その手のプロと言われても他に誰がいるのかは知らないが、プロ・名人と言うからにはそれなりの実力があり、それなりのコネクションが期待出来る顧客候補だったようで、私と同じように考えていたであろう先生の口からも「勿体ないことしたな」と呟きが出る。

「連絡先を頂戴していますから、後で先生から連絡を取ってください」

「ありがとう。2人ともお疲れ様ー」

ひらひらと手を振り、颯爽と事務所に戻る姿を見ながらふと、さっき見た着物姿が被る。

ああ、わかった。何となく印象的だと思っていたのは、目の前の先生とどこか似ていると思ったからかもしれない。
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