片腕のピアニスト
こんな肉と皮の檻をどう大事にしろってんだ。
代わりはいくらでもあるってゆうのに。
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うぃーんと音をたてて正面ドアが開く。
もともと、荷物は少ないから身軽だ。
布製のショルダーバッグを肩にかけ直す。
「お大事に。」
足を踏み出したあとにそんな声が聞こえた気がしたが、もういい。
ここはもう俺とは無縁の場所だ。
あいつも、もう会う事はないだろう。
ジャリジャリと足を進め、あと一歩で病院の敷地内からでる、というところまで来た時だ。
「莉緒様…。」
「…んの用だよ。シゲ。」
ほどよくふわついた髪型に、頼りなさそうな目。
ひょろっちい体格はまるでもやしだ。
こいつはシゲ。
うちの雑用係。まあよく言えば執事だな。
なんだかんだでいつも近くにいてくれる。
腐るほどいる執事、メイドの中で唯一信用できる。
「…奥様と旦那様には…莉緒様と顔合わせの無いように仰せられているのですが……。
…お体の具合は、如何ですか?」
「ありがとなシゲ。
……ちょっと手を出してくれ。」
しげしげと俺を見る。シゲだけに。
なんつってな。
「…こう、でございますか?」
失礼します、と俺の前に腕を差し出した。
「今から握るぞ。」
「…はい。」
これから来るであろう激痛を耐えるためにぎゅっと目を強く瞑る。
だが、手の重みだけでいつまでたっても痛みが来ないので目をゆっくりと開ける。
シゲの目前には、自分の腕の上にだらし無く手を許した俺と、悔しさに呑み込まれた俺の顔が映っていた。
「…握られないのですか?」