カルテットリバーシ
「もう暗くなるさね、送って行くさ」

 席を立った緋色はオセロを手早く片付けてしまい、また隣りの部屋へそれを持って行った。
 その背中を見守りながら、ふと。

 たまには自分で。
 勇気を出してみようだなんて、気まぐれな勇気が私に降って来た。
 今。
 今なら、ちょっとだけなら、言えるかもしれない。

「あ、…あのっ」

「うん?」

 心臓が大パニックで胃や腸の中まで駆け巡る。

「い、………い、…あの…」

 続かない勇気が涙に変わりそうで、耐えられず下を向いてしまった。
 そらさないって、決めたのに。
 やっぱり今日もまた、ダメだった。
 でも、このまま終わらせたら不自然になってしまうし、緑君に嘘はつきたくないから。

 下を向いたまま、情けなく言う。

「…途中まで…い、…一緒に帰ってくれま、…せんか」

 やっぱり敬語になった語尾は不自然すぎて。
 やっぱり下を向いたままの私じゃ頼りなさすぎて。
 やっぱり自分馬鹿だなってすぐに思って。

「あ、…ううん、緑君はまだここにいるのかな。もし、帰るなら、って思ったけど、ごめん、一人でなんか、…あ、…ええと、グラス片付けるね」

 立ち上がろうとした私の横顔に、緑君の声が届く。

「僕ももう帰るけど?ん?何、どんな話だったの今の?」

 いつも通り変わらない口調のそれは、私のたどたどしいドキドキを全部吹き飛ばしてくれるように優しく、私もこうやって自然に言えればいいのにと、心の中で自分の情けなさをなぞった。

「あ…ううん、何でもないの、緑君も、もう帰るんだね。じゃ、緋色も一緒に、みんなで途中まで帰れるね」

 笑ったつもりの私は空いた3つのグラスを持って台所へ向かった。 
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