カルテットリバーシ
「…なんさ、緑帰るけ?じゃセレン頼んでもいいっけか?」

 シンクに置こうとしたグラスがうっかりガシャリと音を立てた。
 慌てて割れていないか確認したけれど全部大丈夫なようで安堵の息を漏らした。
 音に気付いた緋色が私のすぐ後ろまでやってくる。
 グラスに手を伸ばしてそれを確かめるフリをしながら、ごく小声で、私にだけ。

「…頑張ったっけ、ちゃんと言えたんさね。二人で帰るといいさ」

 それを言ってグラスをシンクに戻した。

「グラス置いといていいさ、後で洗う。セレンが怪我しなくて良かったさ」

 続く言葉は大きめの声で、緑君にも安否を知らせるかのように。 
 私はまだきょとんとしたままの顔で、緋色はそんな私の頭を優しく撫でた。

「結構すごい音したけどー?割れなくて良かったねー!」

 遠くリビングのソファから緑君が言ったので、大丈夫だよ、の意味でこくこくと頷いて見せた。
 緋色が私の背をぽんっとリビングの方へ叩く。

 緑君と、二人で帰る。
 了承、してくれるのかな。

 でも、さっきまでの心細い感じはなく、緋色が背中を押してくれただけで、全部が大丈夫なような不思議な自信が包み込んでくれるようだった。

「あ、…あの。…一緒に帰って、くれますか」

 さっきと一緒の敬語の言葉だけれど、さっきよりもするりと口から出て。
 緑君の目の前に立っているのにきょどらずに顔が見える。

 大好きな、緑君が私を見てる。

「ん?緋色行かないの?別にいいけど。緋色ー?家まで送っちゃっていいのー?」

 確認に台所の緋色の方へ声を投げた緑君に緋色は「頼むさ」と大きく答えて手を振った。

「っしゃ、じゃ帰りますか~忘れ物ない?」

 いたって自然な緑君に、ドキドキ嬉しい気持ちがこみ上げる。

「な、ないっ」

「じゃ、行こ。緋色またなー」

 鞄を持ち上げ緑君の背中を追いかける。

 台所の緋色に挨拶をしようと思ったら緋色は「そんなのいいからさっさと行け」というようなジェスチャーをして笑ったので、私は頭をぺこりと一度下げて緑君の出て行った玄関を抜けた。
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