カルテットリバーシ
「いっ…」

 あまりの痛さに身を動かそうとするも、完全に床にホールドされた肩は動かず、顔を上げれば怒りしか見えない色の緋色の顔が正面に見えて、完全に押し倒されている状態だとようやく理解をした。
 でも、別に緋色は私になんて興味がないわけで。
 だから今までこんな事もされたことはなく。
 それは今回だって同じ事だと思うから。

 ここは笑って、何してるのって、言えばそれで。


 なんて、言える雰囲気じゃない事は、馬鹿な私でもわかった。

「…くっそ…」

 辛そうに零したその声は緋色の理性が途切れた合図だったんだろうか。瞬間迫られる唇に慌てて顔をそらして両手で緋色の体を押した。

「ひ、緋色、やめて、何、緋色っ」

 暴れる私の力なんて、怪我をしている緋色にすら遠く及ぶものではなく、まったく無意味なそのあがきを、それでもやめるわけには行かなかった。

「緋色、緋色っ…!!」

 でもあっけなく私の体は床に全部押し付けられていて、もうひとつも身動きなんて取れずに、私の唇に、望んでもいない緋色の唇が重く重なる。

「…っ!!」

 それでも抵抗しようと必死にじたじたと動き、でもそれらは何の意味も持たず。

 緋色は何度もぶつけるように唇を当て、片手を私の額に当てれば顔が横を向くことも許さないように床に強く押し付けて来て、もうただ怖くてぎゅっと目を閉じた。

 目の前にいるのは本当に緋色なんだろうか。
 一年以上ずっと一緒にいた、あの優しい緋色なんだろうか。

「ひ、…ろっ」

 私の声で正気に戻ってくれないかなんて、それでもドラマみたいな事を考えて、必死に声を出そうとするも、塞がれ続ける唇と恐怖のあまりにそれはほとんど音にならず。
 唇がしびれるほどに強くついばまれ続け、途中息苦しく口を開けばそこから舌を滑りこませようと舐められ慌ててまた唇をぎゅっと閉じた。

 怖い。

 違う。

 こんなのは違う。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 私が唇を開かない事に怒りは増幅したのか緋色の片手が私のYシャツに掛かる。

 思わず目を見開いて息を飲む瞬間、軽く体起こした緋色と私の間でシャツのボタンがいくつか吹っ飛んだ音が聞こえた気がした。

「緋色、やだ、やめて、違う、こんなの違う、違う!!」

 少し出来た体の隙間に手を挟んで抵抗し、少しの隙に横に逃げようと肩を上げた。
 
 それを押さえつけようと手を伸ばした緋色に、叫ぶ。
 ぎゅっと目を閉じて。

 今の私の、全部で。



「私はゆきさんじゃないし、緋色は緑君じゃない!!」



 響く声は部屋中に反響して、私の耳に何度か戻って来た。
 途端手を止めた緋色の動きに、部屋中の時間が、止まった。
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