カルテットリバーシ
 時が過ぎる音が聞こえる。
 コチコチと打つその音は規則正しく。
 しばらくその音を聞いていると涙が溢れた。いや、違うかもしれない。その音を聞く前からもうずっと、私は泣いていたのかもしれないと思った。
 いつから流れていたのか、気付けば顔のあちこちに涙は飛び散ったような跡があって、でも涙が落ちる感覚は今初めて感じた。それまでの涙はどこへ行ってしまったんだろうなんて考えながら、床で横を向いて転がる私の視界に映るのは床に敷かれた黒いラグとゴミ箱だけだった。

 私の体を押さえつけていた重みが消える。
 それでも私は動かずにその場でゴミ箱を見つめていた。

「…っ…。」

 緋色の息が、聞こえた気がした。
 もしかしたら、緋色も泣いていたのかもしれないと思った。

 緋色が泣いているところなんて見たことないから、もしかしたら違うかもしれないけれど。断続的に吐き出される荒い息の音は、それでも泣いているように聞こえた。
 だからうっかり私もはらはらとその場で涙を流した。

 こんなのは違う。
 こんなのは間違っていたけれど。
 緋色がどれほど痛かったのかは私の体の全部に伝わった。

 失恋。

 私は、友達に相談して、泣いて、泣いて、慰めてもらえばすむけれど、緋色は違う。優しいから我慢して、誰にも迷惑かけないように一人で我慢して、周りからは王子様ってキラキラした目で見られて、耐えて、耐えて、ずっと一人で全部背負って、ストレスに負けて、喧嘩をしていたんだ。

 痛かったんだ。

 緋色はずっと、痛かったんだ。

 何も吐き出せない心が、ずっとずっと、痛かったんだ。


 きっとずっと泣けなかったんだ。
 今、やっと、泣けたのかな。

 それだったら、良かったな。

 …良かったな。


 考えれば考えるほどに私の涙は止まらなくなって、でも少しずつ涙が温かいものに変わっていくような不思議な感じがした。
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