カルテットリバーシ
「…緋色の部屋、行ったんだね」

 口重く聞けば緑君はデスクの上のりんごジュースを何口か飲んでまたグラスを置いた。

「…何あったのあれ。緋色ぶっ壊れてたけど。何やってもまともに喋ってくれなかったから、セレンに聞きに来た。緋色に会ったんでしょ?」

 いつになく真剣な声の緑君と、目を合わせているのがつらくて床を見つめた。
 どう言ったらいいのかな。
 考えたけれどわからなくて。
 もう、考えている事にも疲れてしまって。

「…どう言ったらいいのかな。緋色に、押し倒されて、そのまま、襲われそうになって」

「待てよなにそれ」

 完全に私の言葉にかぶせるように挟まれた緑君の声はイライラとした声に聞こえた。でもそれを気遣う余裕も私にはなくて。そのまま、続ける。

「唇しびれたみたいに今痛い、全部力ずくみたいに、Yシャツも無理に脱がされそうになって、ボタン何個か、取れちゃった」

 ぽつりぽつりと、記憶をよみがえらせる。
 その時は怖い、嫌だ、ばかりだったけれど、今は。
 いろんなものに、申し訳ない気持ちが強くなっていた。

「何だよそれ。どこまで何されたの、あいつ何してんだよ!?」

 緑君が感極まって立ち上がって私の両肩を掴んだ。

「ううん、Yシャツ、脱がされそうになったとこで止めてくれたから、何も、されてないよ。違うよ、緋色、悪くないよ。緋色はもっと辛い思いして、それを私が、…私が、対応間違えたから、緋色はカッとなって、でもちゃんと、やめてって言ったらやめてくれて、だから、」

「緋色が悪いんだよ!!何言ってんの!!セレン、こっち向いて!!」

 床を見つめ続けた私に緑君が怒鳴りつけた。
 一瞬その声にびくり体を震わせるも、言われた通りに目を上げた。

 緑君の顔が目の前にある。

 おかしいな。
 いつもならドキドキ止まらないはずのその状況に。
 今は二人きりの部屋の中なのに。

 はらはら舞い散る涙を、緑君に見られるのは恥ずかしいな。

 恥ずかしいのに、止まらないな。

「み…どりく……緑君…っ」

 息をするたびに溢れ出る涙は止まらなくなって頬を落ちて私の膝に着地する。

「…くっそ、………くっそ…!!僕も行けば良かったんだ、ごめん、一人で行かせてごめん」

 私の肩を掴む緑君の手に力が入ったのがわかる。

「怖かったっしょ、ごめん、今僕と二人きりなのも怖い?平気?男と二人でいるの嫌なら言って、出てくから、ごめん、セレンごめん」

 言葉はもう出て来なくてぶんぶんと首を横に振って、肩つかむ緑君の手に自分の手を重ねた。「行かないで」って伝わったらいいなと思った。

 一度肩を離した緑君の手がその私の手をつかんだ。

「…ああ!!もう違うから、何もしないから、僕は何もしないから!!」

 瞬間、緑君の体がふわり私に近づいて、両腕背中に回されぎゅっと抱きしめられた。
 私が、あまりにも泣くからだ。
 緑君は優しいから、責任感じてくれてこんな事をしてくれたんだと思った。いっぱい泣いたから、気を遣わせてしまったんだ。自分が一緒に緋色の部屋に行かなかったからって、こうやって私を支えてくれようとしているんだ。

 ごめんね、緑君、ごめん。
 私なんかのために、ごめんなさい。

 言いたかったけれど、もう涙が邪魔して何も言えなくて。

 ただ緑君の肩に手を乗せて、声を上げて泣く事しか出来なかった。
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