カルテットリバーシ
 静かな部屋の中。どれほど時間がたったのか緑君に涙を全部拭いてもらっていて。
 ベッドに座る私の前にしゃがみこんで緑君は私を見上げていた。

 その両手はずっと私の膝の上の両手とつながれたまま。

 ぽつりぽつりと話した内容は、もう疲れきった私に合わせてくれたのか、どれも短い言葉で。

「緋色にはしばらく会わないでね」
「緋色落ち着くまで、緋色のところには僕が行くから」
「美夕にセレンと一緒にいるように言っておくから」
「何かあったら連絡して、僕もすぐ来るから」
「何もなくても連絡していいよ、ちゃんとライン見てるから」
「緋色の様子、毎日セレンに連絡するから」

 緑君のいっぱいの優しい言葉に、私はうん、うんとだけ相槌を打って頷いた。
 泣きすぎて腫れ上がった目では、もう開いているのか閉じているのかもよくわからなくて、こうして緑君が目の前にいて、手をつないでいてくれている事全部が夢なんじゃないかと思えてきた。
 きっと少しだけ余裕が出来たんだと思う。
 緑君の手の温かさに少しだけ顔の緊張が抜けて目を細めた。

「ご飯食べた?」

 言われて首を振り。
 すると片手離した緑君は器用にポケットからスマホを出してさらっと何かを打ち込んで、またポケットにスマホを戻した。

「美夕におにぎり買って来てって言っといた。ちょっとでも食べなね。お母さんには何て言うの?その顔は色々聞かれちゃいそうだね」

 緑君の手がまた私の手を包み込んでぎゅっと握った。

「…展覧会の絵、ぐしゃぐしゃにしちゃったって、一人で泣いてた事に、しようかな」

 嘘をつくのはどうせ下手くそだから。
 本当の事ならちゃんと話せる気がした。

「ん、美夕にも、聞かれたらそう言うように言っておくね」

「…緑君、ごめんね」

 ありがとう、と言おうとした口が勝手に、ごめんねと言った。

「うん」

 でも緑君は何も言わずに、「いいよ」って目だけで言った。
 緑君の目はずっと私を見つめたまま。
 緋色みたいな安心感はそこには無い。
 緋色は隣りにいてくれるだけで私を安心させたけれど。
 緑君は違う。
 全然違う。
 一緒にいても全然落ち着かないし、私は気ばかりを遣っていて。
 言いたい事もちゃんと言えないし、上手く笑えないけれど。

 安心感じゃないもっと大きなものに包まれているような気がする。
 それが何なのか、私には説明が出来なかった。

 もっともっと、大きな何か。
 その何かをどうにか伝えたくて、上手く笑えない顔を歪ませて緑君を見つめた。
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