カルテットリバーシ
 美夕ちゃんがコンビニ袋と大きなトートを持って戻って来た。
 部屋の扉が開かれると共に緑君は私から手を離して立ち上がった。

「たっだいまー!おにぎりで良かったの?セレンサンドウィッチ派じゃない?両方買って来たよー!あと、セレンの好きな来々堂のクッキーシュークリーム!ラスト2個!ちらっと寄ったスーパーで見付けたから買って来ちゃったよー!」

 美夕ちゃんの登場に部屋がパァッと明るくなったような気分になった。
 緑君は「うるさい」というようなジェスチャーなのか、両手の人差し指を耳に突っ込んで、怪訝な顔で美夕ちゃんを見た。

「なーにーよー。お兄ちゃんセレンに手ぇ出してないでしょうね!?セレン傷心なんだからね、デリカシーの無い男はさっさと立ち去る!!はい、立ち去るー!!」

 美夕ちゃんに、緑君は何もしてないよって、いっぱい励ましてくれたんだよって弁解をしたかったけれど、もう喉も痛くて声を出す事も億劫だった。
 緑君はちらっと私の方を見て、

「…じゃ、僕は緋色んち、行くね。あっちは僕が何とかするから。美夕はセレンよろしくね」

 歩きながら美夕ちゃんの頭にぽんっと手を乗せお兄さんの顔をして見せた。
 美夕ちゃんはさっきまで罵倒していたとは思えないふんわり笑顔を緑君に向けて、「うん、お兄ちゃんも頑張ってね」なんて声を掛けた。

 何だかんだ言っても、とても仲の良い兄弟なんだと、一人っ子の私には羨ましい温かい光景だなと思ってぼんやりそれを見ていた。

 緑君が部屋から出て行く。

 私の手に残る、緑君のぬくもりは消えないまま。

 美夕ちゃんとサンドウィッチを食べながら、楽しく流れる時間の中でも、私が疲れてベッドに横になってしまってもまだずっと。

 意識がなくなってしまうまで。
 両手がぽかぽかと温かいまま、「お疲れさま」と言ってくれているような気がした。
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