カルテットリバーシ
 部屋に戻ってデスクのイスに座る。

 あんな事があって、昨日はもう疲れきっていて、私は永遠にこんな悲しみの中で生きて行くのかもしれないなんて、全部に絶望した事を、頭の端の方で考えていたような気がするけれど。緑君がいて、美夕ちゃんがいて、お母さんが笑ってくれて。
 私はとても温かいものに囲まれていたんだと思った。
 その全部が、たった一晩で私の心を全部解凍してくれたように。

 トーストをかじりながらハムエッグのタルタルを食べた。

 その味さえも嬉しいような、不思議な感じのする朝だった。


 ピロンッ

 鳴ったラインにスマホに手を伸ばして、手が止まった。

 表示の名前は緑君だった。

『おはよ、美夕からセレンは元気って言われた。ちゃんと元気ー?』

 いたって普通に朝の挨拶。
 でもこれは、緑君からもらった初めての、朝の挨拶。

 昨日は心が疲れちゃってて何とも思わなかった事も、今日になって思い返してみれば、わ、わ、私は一体昨日、み、緑君と何て事をしてしまったの…!!と思える大惨事だった事はハッキリと自覚し。
 何を返せばいいのか、手が震えて目が泳いだ。

『緑君、おはよ。今日は学校は、お休みする事にしたけどちゃんと元気で、今ご飯食べてます』

 すぐに付いた既読に、ドキドキ。

 ただ私を心配してくれているだけなのに、ドキドキ。

 それでも、ドキドキ。

 トークの画面にひとつメッセージが増える。

『そっか。緋色もね、元気だよ。あいつは一人にするとまた喧嘩しそうだったから、学校に引っ張り出したから、今学校にいるから』

 体がわかりやすくほっとした。
 緋色が、ちゃんと、学校にいる。
 きっと、元気というほどの元気は無いのだと想像が付いたけれど、それでも、緑君と一緒に学校にいてくれてると思えばとても安心した。

『良かった…。私も明日は学校行くから、緋色にも会えるかな』

 その次の既読までには少し時間が空いて。
 時間を見たらHRが始まる時間だったから、きっと返信も遅れるかなと思って、私は再びハムエッグを食べ始めた。
 トーストの半分と、ハムエッグのほとんどがなくなる頃に返信は返って来て。

『しばらく緋色落ち着かないかもしれないから、会うのは緋色落ち着いてからのがいいかも。落ち着いたらすぐ教えるから』

 言葉に少しだけ気持ちが落ち込んだけれど、緑君を信じてちゃんと待とうと心に決めた。
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