カルテットリバーシ
 緑君が小走りにやってきて「ここ廊下のど真ん中だから」と、中庭に移動した。
 緋色に学ランを差し出す。

「ご、…ごめんね、クリーニングとか出せば良かったかな、こんなに長く持ってる予定じゃなかったから、私の部屋の匂いとかするかも」

 受け取った緋色は迷わずそれを自分の顔に近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ。

「ほう、これセレンの部屋の香りなんけ?それはそれでいいさね」

「何お前、一年以上付き合っててセレンの部屋行った事ないの?」

「ないさね」

「は!?一度も!?」

「ないさ。なんさ、緑はあるっけ?」

「うん」

「…何で緑があって俺がないんさ…」

 学ランをギリリと握りしめながら緋色がこちらをじろりと見た。

「なっ、ち、違うよ、あの、私が落ち込んでた時に、この間、ついこの間に緑君が来てくれて、美夕ちゃんと一緒に、それで慰めてくれて、えと、」

 わたわたと手を振りながら弁解をはかる私のしどろもどろに、それでも頭の回転の早い緋色はすぐに色々な事に気がついたようで、それ以上言わずに溜息を付いた。

「…俺のせいさね、すまんかったさ」

 言って目を伏せた。

「そーだねーお前がやらかした日だよ、行ったの」

 中庭のアスファルトに座り込んで体育座りをしていた緑君がわざとらしくだるそうな声を放った。
 辛そうな表情を見せた緋色は私を見れば軽く眉間に皺を寄せて目を閉じて息を吐いた。

「…どうかしてたさね。セレンには改めて今度謝罪させてもらうき、緑もすまんかったさね。美夕ちゃんにも俺迷惑かけてるっけか、セレンをありがとうさ。悪かった」

「迷惑だなんてとんでもない!私はセレンが元気になったからもう大丈夫だし!お兄ちゃんなんて四六時中暇なんだか使える時はじゃんじゃか使った方がいいのよ!も~~っ素直に謝るなんて、きゅんっとするぅ~!!」

 この状況で一人そんな事を始める美夕ちゃんに、思わず笑ってしまって。
 緑君は下でぶつぶつと何か文句を言いながらぶーたれた顔をして。

 緋色は。

 ちらり隣りを見れば緋色はずっと、私を見ていた。
 きょとん顔でそれに首を傾げれば、重そうな口を開き。

「…さすがにもう、うちには来たくないさね。でもゆっくり話せる場所でちゃんと話したいさ。セレンの都合のいい時に、どこかで」

 優しそうな目元に悲しそうな色がふわり浮かんでは消えて、私はそれを呆然と見つめながら無意識にふるふると首を横に振って見せた。

「緋色の部屋、行くよ。大丈夫だよ、怖くない、よ」

「は!?ちょっとちょっとちょっと、それ僕も立ち会うし!!」

「緑に居られるのは困るさね、二人で話したいもんさ」

「だってお前自分が何したのかわかってんの!?トラウマだろあんなの!!」

「…そう、さね。だっけ、別に俺の部屋じゃなくてもいいんさ。公園でもファミレスでも、話せるところなら」

「じゃあ公園とかにしよ!昼間の公園!!ね!!!」

 緑君が私を睨みつけた。
 とても、心配してくれているのだとわかったけれど。

「…あの、私、大丈夫だよ。緋色の部屋の方が、きっとちゃんと、話せると思うから」

 だから、許してくれませんかと、続きの言葉は視線だけでお願いをした。
 緑君は不服そうに私から目をそらして地面を見つめた。

「…何かあったらすぐ僕か美夕に連絡出来るの」

「うん、…うん、する。するから、」

 お願いします。

 声にならないお願いに、緋色も口を開いて。

「誓って何もしないさ。緑。…いいっけ?」

 カップル二人で緑君にお願いをする、よくわからない光景。
 それでも、今回一番迷惑をかけたのは緑君だと、私も緋色もわかってた。

「…時間決めて。2時間なら2時間とか。その時間過ぎたらすぐ僕も緋色の部屋入ることにする。部屋の外で待ってるから。そんでいい?」

 ここまで私達の事を心配してくれて、どうしてそれを断れるというのだろう。
 私は声ともならない声でぶんぶんと首を縦に振って頷き。
 緋色は小さく「ありがとうさね」とだけ言って緑君に答えた。
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