カルテットリバーシ
「…く、…唇の内側…じ、自分の歯が当たったんだと思うけど、ちょっと、痛かった。でも切れたりしてなくて…。…うん」

 結局もだもだとした言葉で、結局顔は真っ赤になって、結局もじもじした。
 緋色の黒がコトリ音を立てて置かれた。

「…Yシャツ、新しく買って返すさね。サイズとかわからんき、金だけ渡した方が確実だっけか」

 ただ淡々とそう言うのは、「俺は何とも思ってないから大丈夫だよ」って言ってくれているのだろうか。わからなかったけれど、感情的でない緋色の声にはとても答えやすくて、きっと優しさなんだろうという認識だけした。

「ううん、いいよ、ボタン取れただけで、もうちゃんと付けたから。大丈夫だよ」

 顔はきっとまだ真っ赤なままだったけれど、私も努めて淡々と答えた。

「…違ったら、すまんさ。ファーストキス、だったっけか」

「う。…うん」

 こくり頷いてちらっと緋色を見た。
 緋色もこっちを見ていて私はすぐに目線をそらした。

「…すまんさ。悪かった。…ごめんなさい」

 盤面から手を引いた緋色は深々と頭を下げて、絞り出すような声で言った。

 何か言わなきゃって思ったけど、言葉が出なかった。 

 “いいよ”も違う気がしたし“大丈夫だよ”じゃない気がした。
 もっと、伝えなければいけない言葉があるような気がして、硬直する。
 “こっちこそごめん”じゃない。“ありがとう”でもない。

 この心にある伝えたい事。

 それは。

「あ…あきらめちゃダメだよ!」

 声を上げた私に頭を上げた緋色と、目が合う。
 流れを考えればめちゃくちゃな私の言葉が宙を舞って、ぐっと喉に力を入れる。

「お、男の人とキスしてたからって、付き合ってるかわかんないよ、無理矢理されたのかもしれないし、ご、ゴミとか取ってるのがそう見えたのかもしれないし、う、ううん、違う、たとえその人と付き合っていたとしても、恋人いたとしても、あの、」

 言葉はひとつもまとまらないまま。
 でも。


 緋色に。心が叫ぶ。



「告白もしてないのに勝手に失恋なんかしちゃダメだよ!」




 声はどこまで響いたのだろう。
 部屋の構造の鉄筋に何度も反響するように空間をくるくると駆け巡って、窓の外まで突き抜けていくように。
 緋色は目を見開いて止まって。
 私も合わせて緋色を見つめたまま止まった。
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