カルテットリバーシ
 盤面が緋色の黒で染まる。
 最初の方は私の白がいっぱいあったはずなのに、最後の何手かでどんどん真っ黒になって行く。

 静寂のまま。
 もうどこへ置いてもこのまま白は勝てないんだとバカな私でもわかる。

「…オセロは、どちらかが埋め尽くすゲームじゃないんさ。盤面は白になったり黒になったり、押しては押されて。そういう感じが、好きなんさ」

 言いながらも手は止めず、やがて最後のひとつを置く。

「でも最後は必ず、勝敗がつくさね」

 真っ黒の盤面は、数える必要も無かった。


「もう一回やろう、今度はサポートするさ」

 間髪入れずに全部の石を両サイドに片付けて盤面はまた元の形に戻った。
 サポートの意味がわからずいると、先に黒を置いた緋色が白を返した後に、指でここに打て、と言うように指示をくれたのでそこに白を置いた。隣りの黒をひっくり返す。

「俺が指示する以上、どっちが勝つかわからんさね。勝負しよう、セレン」

「勝負?」

「俺の持つ黒は、セレンの俺への気持ち。そっちの白は緑への気持ち。どっちに染まるっけか、楽しそうさ」

「ええっ!?で、で、でも、実質緋色対緋色だから、…う?……えと…?」

 どういう事?
 考えている間にも緋色は次々と指で打つ場所を指し示し盤面はどんどん進んで行く。

 そして、オセロ盤から少しも目を離す事なく、言う。

「白に染まったら、…別れよう」

 心臓が、ぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
 何も言えずに自分の白を、緋色の指がたどった場所に置いた。

「…告白する前に失恋しちゃ、ダメさね」

 さっき私が言った言葉が、石をひっくり返すコトコトとした音と重なる。

 私もだ。

 私も緑君に、告白しなきゃいけないんだ。

 盤面はどんどん黒く染まる。
 緋色が少しくらいは私と別れたくないって思ってくれているのかと錯覚するほどに。

 もう白は数個しか上を向いていなくて、どうとも表現出来ない不思議な気持ちが駆け巡った。

「…長かったさね、1年3ヶ月。こんなにずっと一緒にいてくれると思ってなかったっけ、セレンの隣りは居心地が良かったさ」

 まだまだ真っ黒の盤面に緋色が言う。
 何も言えないまま、私の目からぼろり涙がこぼれた。

「だっけ、お互いぬるま湯に浸かりっぱなしも、良くなかったんさね」

 たまらず片手を目元に当てて涙を拭った。

「…セレン、次ここさ」

 手を止めてしまった私に緋色が指差す。そこにまた、白を置く。
 黒を返そうとした私の手を、緋色の手がぎゅっと掴んで止めさせた。



「今打ったその白が、答えさ」



「え?」

 私の代わりに緋色が返す、白くなっていく盤面。

「ずっと、ありがとうさ。…ありがとうさね」

 緋色が黒を打つ、私の白の場所を差す。

 黒が返る。

 黒が返る。

 緋色が黒を打つ、私がコトリ白を置く。


 黒が、ひとつも、なくなる。


「え、…まだ、いっぱい、石残ってるよ?」

「でももう置けないさね」



 全部が埋まる前に真っ白になった盤面が、私達の終わりを告げた。
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