もしも勇気が出たら君を抱きしめたい
まずは自分の研究室に行こうと足をのばす。
春の陽気がぽかぽかと窓から入ってくる。こんな日は、毎年必ず思い出す。
伊東の髪にかかっていた木漏れ日、振り返るたびにゆれる短い髪、にこっと笑う笑顔。
僕は、まだ、まだ何一つ忘れられずにいた。
連絡は一切とっていない。
あのあと、伊東は県外の大学へいった。
吹部の定期演奏会にも、四年間来なかった。
きっと、伊東は僕のことを思い出にして、向こうで幸せになっているに違いない。
それは、少し悲しいけれど、伊東が幸せになることは僕の本望で。
それなのに、僕は何一つ変われずに、今でも研究室の前の席に伊東が座っているのを夢見ている。