もしも勇気が出たら君を抱きしめたい


伊東は一人だけ、家の方向が違う。

この学校は私立だから、バスや電車を使う子も多いのだが、伊東はバスも電車も使わない。


学校から徒歩20分圏内に住んでいるらしい。(この学校を選んだ大きな理由の一つは家が近いことだと教えてくれた。)

校門の前でみんなと伊東が別れたあたりで、僕は伊東に声をかけた。


「伊東」

伊東が振り返る。


「風邪か?」

マスクを指さして聞いてみる。彼氏のことは知らないふりをしたほうがいい気がして、あえて違うことを聞く。


「・・・大丈夫です」

「あんまり無理するなよ?」

「なんか先生と話すの久しぶりだね」

「そうかな」

「そうだよ、先生全然話しかけてくれないもん」


少しすねたようにいう。もしかしたら、僕が話しかけるのを待ってたのだろうか。

だとしたら、そんなうれしいことはない。


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