さよならリミットブルー
カツンッと手から滑り落ちたピアスに水滴が零れ落ちる。
まるで、日野くんが泣いているみたい。
「数ヶ月前まで俺は小さな島に住んでたんだ。だけど交通事故に遭って、今までの記憶が吹っ飛んだらしい」
俯いたまま淡々と語りだす日野くんに、わたしは黙って頷くことしかできなかった。
言葉にしなければ日野くんには何も伝わらないのに、何を言ってあげればいいのかわからなかった。
「目が覚めたら病院のベッドの上だった。
1番最初に教えられたのは両親の名前と自分の名前。
事故で記憶を失ったと言われても信じられなかったけど、
目が覚めるより前の出来事は何ひとつ思い出せなかったんだ」
ようやく顔を上げたかと思えばわたしに見向きもせず、プールのずっと向こう側を見つめている。
きっとそこは、わたしでは想像もできないような遠い場所。
今、日野くんの瞳に何が映っているんだろう。
「思い出そうと思ってもなかなか上手くいかなくて、
事故に遭ったとき付けていたピアスが俺に訴えかけてきた。
“忘れたままでいい”って………」
記憶がない分、他人みたいな両親には何も言えなかったと日野くんは笑う。
これまでの日野くんが、ようやくわかった気がした。
悲しげな瞳は自分の運命の表れ。
冷たい言葉は精一杯の強がり。
誰も自分の人生を嫌いになりたくはないはずだ。
ただ“知りたい”という想いだけで日野くんに近づき、言いたくない思い出を引きずり出してしまうなんて。
酷いのはわたしの方だ。