男子と会話はできません
見つめられて思い返したのは、わたしは、こんな風に人を真っ直ぐ見つめるなんて無理だと思ったあの頃。
今は、少しだけ見つめかえせる。
少しずつ、少しずつでいいから、自分のことを情けないと思わないようになりたいな。
ベンチの前を足早に人が過ぎていく。軽音楽部の演奏が始まると、はしゃぐ声が遠ざかっていった。
「行く?」
「わたしは、いっかな」
「うん。俺も」
シンとした。
市ノ瀬くんは俯いて、またわたしを見た。
窓の外から、笑い声がした。
そっと顔が近づいてきて、目を閉じた。
唇に優しい温もりが重なって、離れた。
市ノ瀬くんがわたしにキスをした。