鬼系上司は甘えたがり。
 
ひゃーっ!いくら嬉しいからって、今まで履いていたものを簡単に投げちゃうからこうなるんだよ、ちょっとは大人らしく振る舞って!

そして主任こそ謝って!

と。


「いえ、お気になさらず。……ッ」


私の謝り方が思いがけず激しかったのだろう、若干引き気味に声を発した被害者さんは、主任の靴を受け取ろうと手を伸ばした私を見て、一瞬だけ言葉を詰まらせ、目を瞠った。

思わず「へ?」と間抜けな声が出てしまうと。


「いや、なんでも。どうぞ、これ」

「あ、はいっ。ありがとうございます……!」


その後の被害者さんは別段変わった様子もなく優しく対応して下さり、今度こそ私の手に主任が脱ぎ捨てた革靴をそろりと乗せると、すぐにベンチを立って人混みの中に消えていった。


私と目が合ったときの被害者さん--私と同じくらいの年齢をしたモッズコートを着ている男性の驚き方が少し引っかかるけれど、今はとにかく、無事に事なきを得ることができた彼の優しき心に感謝の気持ちでいっぱいだ。

他人の靴が当たるって、けっこう不快なものだと思うんだけど、いい人で良かった……!
 
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