鬼系上司は甘えたがり。
 
それなら、あえて触れずに、私は私の役割をしっかり遂行したほうがいいだろうと思う。


「主任にしては珍しいね、あんなにあからさまに嫌そうな顔をするなんて。普段なら、難しいことほど燃え上がるタイプなのに」

「うん……」


主任が去ったあと、デスク仕事をしていた隣の席の由里子も不思議そうに首を傾げていた。





というわけで、午後。

社用車を走らせて向かったのは、あの日、不意打ちのキスをされた足湯場がある温泉街に店舗を構える『ホテル紅葉屋(もみじや)』。

市街地に雪はなかったものの、やはり山に近づくにつれて道路のあちこちに除雪した雪の塊が点在していて、車幅も若干狭くなっている。


「わわ、ハンドル取られる……っ」


対向車とすれ違うときや、カーブを曲がるときの、なんとおっかないことか。

スタットレスタイヤを装着していても、シャーベット状に雪が解けている道路は思ったより運転が難しく、雪道の走行も慣れていない私は、一人孤独にワーキャー言いながら、やっとのことで『紅葉屋』まで辿り着いたのだった。

けれど。
 
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