鬼系上司は甘えたがり。
もちろん言っていることは分かったし、プライベートな部分は声のトーンを落としたのでフロアにいる他の社員に聞かれることもなかった。
主任が私に言ったことは3つ--紅葉屋さんの報告は書類に纏めること、もう部屋に来てはいけないこと、距離を置きたいこと。
けれど、あまりに突然すぎて頭も心も一つたりともついていかない。むしろ置いてけぼりだ。
こんなの、遠回しに別れたいって言っているのと同じことじゃないですか、お昼までは普通だったのに、一体どうしたっていうんですか。
「……主任、ど、どうしてですか……」
「気が変わったんだ。やったネックレスもしてないようだし、もういいだろ。自分で首輪を外した飼い犬なんて、もう忠犬でも何でもない」
「それは……っ」
顔を上げた主任に鋭く指摘され、あるはずのない首元のネックレスを無意識に探してしまう。
ネックレスのことはさっきまで由里子に相談していたこと、誤解を解くなら今をおいてほかにチャンスはないだろう--けれど。
「もう帰っていいぞ。お疲れ」
早く訳を話してネックレスの誤解だけでも解かなきゃと焦る気持ちに反して、喉が痙攣したように少しも声が出せないでいるうちに、無情にも主任に突き放されてしまった。