鬼系上司は甘えたがり。
主任が、自分の近くにあった効能を記した立て看板を読み上げるけれど、さすがに『バカに効く』などと書いてあるはずがない。
すかさずツッコミを入れる私を見て、くくっと肩を揺らしながら可笑しそうに笑う目の前の主任は、今はただのでっかいガキ大将だ。
主任にとってはおそらく、私をイジってその反応を楽しむのが一種の趣味なんだろう。
まったくこの鬼は……。
タチが悪いったらありゃしないんだから。
「でも、ここまで足を伸ばして良かっただろ?」
頬をぶっくりと膨らませ、三流だけど一応大学も出ているんですよーと不貞腐れていると、スッと笑いを納めた主任がドヤ顔で訊ねてきた。
そのドヤ顔とかマジで悔しい……悔しいけど……。
「そうですね、来てよかったです」
「お? なんだ素直じゃん」
「はい、まあ」
温泉の効果だろうか、素直に感謝の気持ちを言いたくなった私は、改まるとなぜか気恥ずかしくなるという法則通り、胸をムズムズさせながらはにかみ、ぺこりと頭を下げた。
そのとき--チャプン。
湯船のお湯が揺れて、目の前に影が差した。
どうしたんだろうと不思議に思い、何の気なしに顔を上げると、目の前にはえらく至近距離で主任の端正な顔があって、って……へっ!?