鬼系上司は甘えたがり。
「薪」
「……」
「おーい薪、機嫌直せ」
「……」
「オラ薪、いい加減返事しないと喰うぞ!」
「ひゃーっ、ごめんなさいー!」
けれど、突如ブチ切れた主任が発した“喰う”という全く穏やかではない単語に並々ならぬ身の危険を感じた私は、さすがに無視を決め込むわけにもいかなくなり、慌てて謝る。
え、でも、悪いのは主任だよね?
一拍置いて、ふと冷静に思う。
なんで唇を奪われた私のほうが怒られ、謝らなければならない状況になっているのだろうか。
下僕ってどんなときも下僕なんだな……。
「さっきのことは、あれだ、悪かった」
すると、ちょうど赤信号で車が止まったタイミングで主任が先ほどのことをそう弁解してきた。
チラリと運転席を窺えば、ハンドルに行儀よく両手を揃えて置き、その上にちょこんと顎を乗せて、まるで“伏せ”の体制を取っている犬のようにじっと前の車を見つめている。
さすがにキスはやりすぎたと反省しているのだろうか、なんとなくその背中が丸まって見え、なぜだろう……チクリと少しだけ胸が痛む。
だから主任、シュンとされると私の方が悪いことをしている気分になってくるから、時たま繰り出すソレ、やめてくれませんか。
そういうのズルいんですって。