鬼系上司は甘えたがり。
なんで今、何の脈絡もないのに主任の顔が浮かんで、ついでにドキンってした? それに私、思えばずーっと主任のことを考えてない?
どういう現象だ? これは……。
「じゃ、そういうことで、私はお先ね。薪ちゃんの“この日”が決まったら連絡して。そのときは遠慮なくがっぽり奢られてあげるわ〜」
「……あっ、うん、お疲れ!お手柔らかにね」
「フフ、それはどうかな? お疲れ〜!」
ヒョイと通勤バッグを肩に掛けた由里子が勢いよく席を立ったので、違う意味でドキリとしつつ、私はまた、慌てて笑顔を取り繕う。
幸せオーラ満開の由里子にはどうやら私の動揺はバレていなかったようで、変に勘付かれたくなかった今は、とにかく助かった思いだ。
けれど、編集部に残っている社員たちに「お先に失礼しまーす」とハキハキ言いながらサラサラのショートボブをなびかせて帰っていく由里子の姿が完全に見えなくなるまで見送ると、私は一つ、小さく溜め息を零した。
「ちょっとコレ、稀に見るアレ的な……?」
電源を落として真っ黒になっているパソコンの画面に映る自分の情けない顔を見つめ、全くの想定外だった相手への急激な胸の高鳴りに一人あわあわと大袈裟に狼狽えてしまう。