鬼系上司は甘えたがり。
こっちはどんな気持ちでいるかも知らないで。
ちょっくらキスでもしてやれば機嫌が直るだろう、とか安直に考えていたら大間違いだ。
私はそんな単純おバカじゃない。
「おい、薪……」
「うるさいですよっ。主任の気持ちも、自分の気持ちだって全然分からないのに、それでも強引にドキドキさせられちゃう私の身にもなってください。……私はどうしたらいいんですか」
「……」
ああ、今度は一周して悲しくなってきた。
グズグズと鼻を鳴らしながら訴えてみても主任からの返事はなくて、そのまましばらく、気まずい沈黙が部屋に静かに横たわる。
そもそもの間違いは、あの日、映画館のスクリーンを観て泣きながら独り言を零すスーツの男性--即ち主任に興味を持ってしまったことだ。
あのとき、興味本位でそちらを向かなければ、今頃私は少し退屈だけど平穏な日々の中で好きなことをし、好きなように週末を過ごせていたはずで、つき合ってもいないのにこんな風に修羅場っぽくなって泣くこともなかった。
仕事でどんなに主任にキツく叱られても、なにくそ!となけなしの根性を奮い立たせて絶対に泣いたりなんかしなかったのに、たかがキスでこんなにも泣かされてしまうなんて……。