いちご
「ところでお客さん、名前何ていうの?」


少年は向かいの席に座ると、あれこれ質問し始めた。


「私?上野いちご」

「上野いちご !? すっげー名前。ケーキみたいだな!」


同じようなことを言われたのは、一度や二度じゃない。


「君は何ていうの?」

「俺?俺は代田玲」

「玲くんね。中学生?」

「そうだよ。中2。サッカー部なんだ」

「へぇ」


不思議と、玲くんには何でも話したくなってしまう。
話し上手であり、聞き上手でもあるのだ。


「ところでいちごさぁ、恋の失敗でもしたの?」


意表を突かれた形になって、コーヒーを吹いた。


「ちょっと!掃除するの俺なんだから。しっかりしてよ」


玲くんにぶつくさ文句を言われるが、それどころじゃない。


なんで分かったの?
超能力か何か?
あ、それとも彼と別れるところ見てたとか。

少しでも労る気持ちがあるのなら、ケーキ代チャラにしてほしいくらいだ。

しかもなんで歳上なのに呼び捨て?
私、お客さんじゃないっけ…



「いちご、もしかして、図星だった?」

「う、うるさいなぁ。玲くんには関係ないでしょ」

「あるんだなぁ、それが」


全く意味が分からない。
私の別れ話と玲くんに、なんの関係があるって言うんだ。


「店長が教えてくれたんだ。レモンパイを選ぶお客さんは、恋で失敗した人が多いってね」


そこで私自身、思い当たることがあった。

いつもなら、ケーキは絶対にショートケーキを選ぶのだ。


それが今日、ショートケーキだって見ていたのにレモンパイを選んだ。
もしかしたら玲くんのいう、心理的な何かなのかもしれない。


「俺はお客さんがどのケーキを選ぶか、その統計を店長と一緒に取ってんだ」

「人気ランキング~、みたいな?」

「ちょっと違うかな。うちのお客さん、みんな心に何か抱えてるんだ。悩みとか、傷とか、いろいろ。そういう人たちに、どんなケーキが一番励みになるのか、それを調べてる。…って、店長が言ってた」


「ふぅん」









チリンチリン






ドアベルが鳴った。


──あれ、ドアベルなんて付いてたっけ?




「いらっしゃい」

入ってきたのは "ザ・大阪のおばちゃん" て感じの、派手な虎柄ブラウスの小さい女性だった。


「田中のおばちゃん!今日はどうしたの?」


田中のおばちゃんと呼ばれた女性は、玲くんを見ると満面の笑みを浮かべた。


なんか可愛い。




「瞬はいるかい?もうすぐ孫の誕生日なんだよ」

「ハルカの?あぁ、もうそんな時期だっけ。待ってて、呼んでくる!」


そう言って玲くんは店の奥に消えた。



「あんたは、新入りかい?」

田中のおばちゃんが尋ねてきた。

「えぇ、まぁ。たまたま見つけただけなんですけど」

「そりゃあ、いいこった。あんた、ラッキーだね」


何がラッキーなんだろう?
この美味しいケーキに出会えたこと?




「お待たせ」

玲くんが戻ってきた。

その後ろには、髪をツンツンに立て、シルバーのピアスをいくつも着け、目付きの鋭い男が立っている。

誰?

あれ、でもなんかパティシエっぽい服装…



もしかして、この人が店長!?
えええぇぇぇぇ!!!


ただのチャラ男じゃん!





「いらっしゃい。そういえばもう9月だもんな。んで、今年の注文はなんだよ。まためんどくせーやつじゃないだろうな?」


田中のおばちゃんに向かって店長らしき男は言った。

というか、凄んでいるようにしか見えない。



ところがその鋭い眼孔を向けられ厳しい口調で問い詰められた田中のおばちゃんは、終始笑顔だ。

太陽より眩しい笑顔。
あれじゃあ虎柄も負ける。



「めんどくせーっていいながら、瞬は作ってくれるだろ?ハルカは毎年楽しみにしてんだよ。今年はね、南国のフルーツがいいって言ってたよ。なんだったかな。ド、ドラ…ドラキュラフルーツだったかい?」


「ドラゴンフルーツの間違いだろ」


「そうそう、ドラゴンフルーツだよ!よろしく頼んだよ」

「やだね、断る。ドラゴンフルーツのケーキなんざ作ったことねぇよ」


「そんなこと言わずにさ。玲、注文表頼んだよ。瞬がすっぽかさないようにね」

「りょーかい」





見るからに不機嫌な店長を置いて、田中のおばちゃんは満足そうに店を出ていった。


「…ったく」




店長はため息をつくと、厨房に戻ろうとして初めて私の存在に気付いたように、私を凝視した。



彼の第一声はこうだ。




「あんた誰?」
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