【ショート・ショート】コーヒー
マグカップにしても、白と黒だけ。“あの人”とは正反対だ。

 “あの人”は、私達の共通の友人だった。何がきっかけか覚えていないけれど、私達の前から消えてしまった男友達。黒も嫌いではなかったようだけれど、明るい色を好んで使っていた。なので彼の部屋は、見た目は温かそうだった。だが、居心地は悪かった。コーヒーを飲んだだけで、もう帰りたくなる部屋。それも……。
「でもいたんだろ。のんびりと」
 苛立ちを含んだ声で彼が言う。いつの間にかまた声にだしていたようだ。なぜそんなことを、それも怒りながら言うのかわからないが。
「コーヒー。思い出すってことは、いれて飲む時間があるくらい居たってことだろ」
 カップを目で示しながら言葉を続けた。『香り』で蘇るくらいなのかたまから、と彼は言っていた。だが、それは普通のことだと、以前は言っていたはずだ。嗅覚は 記憶に一番結び付いているから。『香り』は過去の記憶を蘇らせてくれる作用があるから。だから、昔から馴染んでいたコーヒーの香りの中で、思い出そうといていたのだ。大切な記憶を。
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