それはいつかの、
片時雨の空に
――――このセカイが止まってしまえばいいのにと、思った。
***
『だからさー……』
「ねえ千花、そっち雨降ってる?」
電話越しに聴こえる声を遮って、私は電話の向こう側へ問いかけた。傘から見える空は灰色。さーさーと降る雨が隙間から顔に吹き付けてきて冷たい。
『降ってないけど……』
「……かたしぐれ」
『ねえちょっと由花? ゆ――――』
呼びかける声を無視して電話を切った。片時雨。こことそこはそんなに離れていないのに、けれどあの日から酷く遠くなったように思える。
片時雨を教えてくれた人は、もういない。ある日ぱったりと私の前に現れなくなってから四年。約束、したのに。そう泣いた日もあったけれど、今はもう泣かない。
――――時折、このセカイが止まってしまえばいいのにと思う。
なくなるわけでもなく、消えるわけでもなく、止まってしまえばいいのに、と。
なくなってしまったら、この世界で知り合った君とのことが全部なくなってしまうような気がして。消えてしまえば、君の存在自体が消えてしまうような気がして。
だから、止まればいいと。君との思い出も、君の存在も、なくすことも消すこともなく、ただこのセカイが止まればいいと。
――――片時雨。
私と、あの子も。私と、君も。
片時雨。私の周りには、いつも時雨が降っている。
電源を落とした携帯をポケットに滑り込ませ、時雨を受け止めていた傘を畳む。遮るものがなくなった時雨は私に直接降り注ぎ、あっという間に身体を冷やしていく。
君が、私の唯一の支えだったのに。
枷になるのは、君だけ。あの日、私の前から消えた君だけが、私の枷になる。