それはいつかの、
「僕が、君の枷になってあげる」
枷、と繰り返した私に、その人はそうだよ、と頷いた。枷の真意を掴み損ねて、私は黙り込んだまま言の葉を発しない。それに気付いたのか、その人は私の片手首を掴むと顔の前でひらひらと振った。
「枷だよ、枷。例えばじゃあ、君の命を僕に頂戴?」
「……え?」
「その代わり、僕の命をあげるから。君は僕、僕は君。君が命を投げ出すときは、僕の命を投げ出すということ。ね、枷でしょ?」
得意げに笑ったその人は、私の片手を離すと分かった?と問いかけてくる。しばらく迷ってこくり、と頷くと、その人はまた優しく笑って約束だよと言った。
「僕は、ヒロ。紘でいいよ」
「……ひろ、」
「うん。……あ、時雨だ」
さっきまで青空だったのに、降り出してきた雨を手のひらで受け止めながらその人――――紘が言う。つられて空を見上げると、空は先ほどとは違って白に近い灰色。このくらいの色の方が好きだな、と思っていると、紘が「片時雨って知ってる?」と問うてきたから、私はそっと首を振った。
片時雨、なんて、初めて聞いた。視線でどういう意味かを問うと、紘は空を指さして「例えば、」と話し始める。
「ここでは時雨が降ってるけど、たぶんあっちでは降ってないでしょ?」
紘が示したのは灰色の雲が途切れた、青が見える空。うん、と相槌を打つと紘はそれが片時雨、と落とす。
一方で降っていて、もう一方では降っていない時雨。
――――まるで、私と君みたいだ。
きっと君の空は晴れている。私の空は、今この空のような、白に近い灰色をして、時雨が降っている。
晴れた空は嫌い。理由もきっかけもない。ただ、青い空は嫌いだ。雲一つない空は。
「……帰ろうか、ユカ」
「……ううん、ここにいる」
「そっか。じゃあまたね、ユカ」
帰ろうと言った紘にそう返して、私はそっと空を見上げる。ばたんと重い音がして、紘が帰ったんだと分かる。屋上の周りをぐるりと取り囲む柵に手をかけて向こう側、下を見下ろすと、私はその場にに崩れ落ちて、ただひたすらに泣いた。