それはいつかの、
名前を、呼ばれた。聞き覚えのある声に、僕は声の主を振り返る。
「紘くん、っ」
――――泣きそうな君の声が、僕の耳朶を打った。
「……千花」
ふわり、微笑む。思わず、といったように涙を零した君は、それでもいびつな笑顔を見せてくれる。千花、ともう一度呼んだ。紘くん、と僕の名前を呟いて、僕に抱きついてきた君の身体が。
「――――っ」
するり、――――僕の身体を、すり抜けた。
***
目立つほうではなかったけれど、それなりに友達もいてそれなりに勉強も出来た僕は、毎日に不満を持っているわけでもなかった。進学する人と就職する人が半々ぐらいのこの学校は、比較的自由な校風。その中で、僕はこの位置が好きだった。
――――そんな、ある日のこと。
「紘ー、購買行かね、購買」
「購買? うん、いいよ」
僕も何か買おうかな。思いながら、一応財布を手に持って二人で歩き出す。腹減った、などと隣で騒いでいる奴は、恐らく弁当を忘れたのだろう。
なに買うの、と問うてみる。すると、腹に溜まるものとの返事。相当腹が減っているようだと思いながら列へ並ぶ。ふ、と視線を屋上へ向けた。――――と。
「……、っ!」
一人の少女が、目に映った。その少女の立つ場所と高さに絶句しかけ、我に返って駆け出す。
「ちょ、紘!」
声を掛けられたけれど、それに構っている暇は無い。でないとあの子は――――君は。あのまま、飛び降りてしまう。