それはいつかの、

階段を飛ばしながら駆け上がる。校舎は四階建てだから、結構な段数を上らなければならない。体力が無いから、それはきついものがある。けれど、行かなければならない。君を、死なせないために。


ばん、と音を立てて勢いよくドアを開けた。その場にいた数人の視線が僕に向く。君しかいないと思っていたけれど、他にも人がいた。ということは、君は自分の意思でここに立っているわけではないのだろう。だって、君以外の少女はみんな愉しそうで――――そう、君は、いじめられていたのだから。


「……誰よ、アンタ」


一人の少女が声を掛けてきた。息を整えることに集中していた僕は、それに答えず無視をする。


怯えた表情を見せる君に、僕はゆっくり近づいた。フェンスを乗り越えると、君と向かい合わせに立つ。


「ま、いいや。――――チカ、じゃないとそこの男、巻き込むよ?」


別の声がそう言った。びくん、と肩を揺らした君とその声に、僕は君の名前がチカだと知る。僕は君の名前すら知らないままに、こんなことをしているのだ。


フェンスから縁までは約三十センチメートルぐらいしかない。少しでも体勢を崩したら、落ちる。たったそれくらいの距離。


「チカ」


君の名前を、呼んだ。僕を見た君に、この状況にも関わらずふわりと笑う。


「君は、生きたい?」


純粋な質問を投げかける。暫し逡巡した君は、――――素直に、こくりと頷いた。


「……チカ?」


誰かの声が、何を言ってるの、というように君の名前を紡ぐ。僕は構わずに、君を助けるべく手を差し伸べる。君の右手を掴んで、よかった、と思った――――刹那。


「、っ……!」


君が、足を滑らせた。危ないと思ったときには、もう遅いと、助けられないと悟って。



「紘……っ!」




――――最期に見た泣きそうな顔の君に、僕は、恋をした。

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